心理

2018/7/2

6月生まれの心理学・カウンセリング・メンタルヘルスの専門家 part2

 心理学・カウンセリング・メンタルケアの専門家には、6月生まれの著名な先生方がいます。
 河合隼雄は1928年6月23日・兵庫県篠山市生まれの日本の臨床心理学者です。河合は1952年に京都大学・理学部を卒業後、アメリカ留学を経て、スイスのユング研究所で日本人として初めて、ユング派分析家の資格を取得しました。その後、国際箱庭学会や日本臨床心理士会の設立等、国内外におけるユング分析心理学の理解と実践に貢献している、日本を代表する臨床心理学者です。著作として『昔話と日本人の心』『中空構造日本の深層』『神話と日本人の心』など多角的・学際的に心理学について述べたものが多く、また、学術論文も多数あります。河合はその臨床心理学者としての功績から、京都大学名誉教授、文化庁長官、「21世紀日本の構想」の懇談会座長、教育改革国民会議委員、文部科学省顧問を務め、学術だけではなく、日本の政治・教育に幅広く貢献しています。河合自身の専門は臨床心理学ですが、日本文学をはじめ、児童文学、絵本、神話、昔話などの研究、また音楽や楽劇についての考察を深めるなど、文化全般に対して研究活動を進めていきました。
 
 河合隼雄の業績・功績として、最も偉大なものの1つとして、科学的根拠に基づいた心理カウンセリング・心理アセスメントの普及が挙げられます。河合は臨床心理士資格の創設に貢献しており、これは、日本における心理カウンセラーのモデルが確立されるきっかけとなりました。日本における心理学関連の学術学会の中で、現在最も多くの会員数を誇るのが日本心理臨床学会であり、現在、2万人を超える会員数を誇ります。日本では戦後、欧米の臨床心理学の研究成果の導入と国内の学術団体の組織化が進め、その一環として、本格的な全国規模の学会組織の発足準備が行われていました。そして、1964年6月に関東と関西の臨床心理学関連の協会が発展的に統合され日本臨床心理学会が誕生しました。ここで初めて臨床心理学における実践活動である心理カウンセリングを行う専門職としての心理カウンセラーに注目が集まりました。ここから、心理カウンセラーの地位を確立するための活動が始まります。
 また、1964年に発足した日本臨床心理学会は日本精神医学会らと協力し、心理技術者の資格認定機関の設立の準備を開始しました。これが臨床心理士の誕生のきっかけとなる出来事です。しかし、資格認定に関して学会内部でも様々な意見が出された結果、学会が紛糾し、臨床心理学の学問としての方向性までもが迷走することになってしまいました。その結果、1973年に日本臨床心理学会は会員数が激減し、学術団体としての活動が縮小されてしまいました。その後、日本臨床心理学会は関東地方を中心に学術的・対人支援事業的な側面よりも、社会運動的な活動を強くしていきました。一方で、同時期に京都大学に着任した河合隼雄がユングの分析心理学や箱庭療法を広め、広島大学に着任した鑪幹八郎が新フロイト派の精神分析療法やエリクソンの発達心理学の理論を広め、九州大学に着任した成瀬悟策がイメージや催眠を用いた臨床動作法を確立するなど学術的・対人支援事業的な動きが盛んになりました。これら関西・中国・九州地方の専門家を中心に「心理臨床家の集い」が1979年から開催され、これが発展する形で1982年に日本心理臨床学会が発足しました。現在でも“心理臨床”と“臨床心理”という非常によく似た名称の学術団体が存在しているのは、このような経緯からです。
 
 河合隼雄は、まず心理学者として、そして、実践家である心理カウンセラーとして「自分たちが今、すべきことは何か?」ということを考え、社会運動よりも研究・教育・支援を重視しました。これこそが、社会に貢献できる真の心理カウンセラー像であり、河合はそれを自ら体現したわけです。そんな河合が教育改革国民会議委員、文部科学省顧問を務めたということは、科学者-実践者モデルという心理カウンセラーの世界基準に基づいた活動をすることが、何よりも大きな影響力を持つ“社会運動”であり、最終的に“社会を構成・構築する側”となって、資格取得者の地位向上を成しえたわけです。

ページ一覧に戻る