心理

2018/2/28

2月生まれの心理学・カウンセリング・メンタルヘルスの専門家

 アルフレッド・アドラーは1870年2月7日生まれの、オーストリア出身・アメリカで活躍した精神医学者・精神分析学者です。
 
 アドラーは1895年にオーストリアのウィーン大学の医学部を卒業し、最初は眼科医として開業し、医師としての仕事をスタートしました。そして1902年頃から、同じくオーストリアのウィーンで活動していたフロイトが主宰していた研究会に参加しはじめます。この時点で、アドラーは精神科領域や精神分析に興味・関心を持ち始めたようです。その後、ユングらと国際精神分析協会の創設に尽力しました。
 しかし、1911年にアドラーは精神分析に関する学説の相違を理由にフロイトと訣別することになってしまいます。フロイトは人間の心理や行動を考察する上で性欲を中心にするというアプローチを重要視しましたが、アドラーは人間が劣等感を補償するために、より強くより完全になろうという意志があると考え「権力への意志」とよんで重要視しました。これが、フロイトとアドラーが同じ精神分析という領域であるにもかかわらず、訣別することになってしまった最大の要因であるとされています。アドラーにとってクライエントの治療・支援とは、問題を持つ人の劣等感の要因を理解・把握し適切な目標設定ができるよう再教育することであると考えていました。このように、アドラーの考え方は未来志向的な人間観を背景としており、養育において甘やかされて育った子ども、厳しく育てられた子ども、反社会的な子ども、自己中心的な子どもなどに対する治療・支援教育も熱心に実施しました。アドラーは晩年にオーストリアからアメリカに渡り、アメリカでも精力的に活動を続けました。
 
 アドラーが創始した個人心理学は、劣等感というものを人間の精神的な問題の中心に据えています。人間は個々人が何らかの身体的・心理的な劣等感を持っており、それを補償(補おう)とする傾向があるという人間観がベースとなっています。そして、この補償作用が強くなりすぎると、神経症の症状が生じるとアドラーは考えました。また、このような補償作用が生じるのは、人間の心の中に存在する優越性の追求(権力への意志)の衝動によるものであるとし、これこそが人間を動かす根本的な欲求であると捉えました。人間の精神面において重要な事柄と、それが神経症の発症原因に強く関連するという観点自体は、どちらもフロイトのアプローチと共通しています。しかし、フロイトは性欲を重要視し、神経症の原因であると考え、人間の過去に注目したのに対し、アドラーは人間の行動の目的性に注目し、未来志向的観点から神経症を理解すべきだと主張しました。従って、フロイトの考え方が「人間全般に共通するもの」というもので人間を捉えているのに対し、アドラーの個人心理学は「個人」という言葉が指し示す通り「個別の事象(劣等感)」というもので、人間を捉えているということになります。
 
 ジョン・ボウルビィは1907年2月26日生まれのイギリスの児童精神医学者です。
 
 ボウルビィはケンブリッジ大学で医学を学んだ後に精神分析学を学びました。その後、ロンドンのタヴィストック・クリニックで治療と愛着の形成に関する研究に従事します。そして、WHOの依託を受けて行った児童施設で生活する子どもに関する研究の報告書の中でマターナル・デプリベーションという概念を提唱しました。ボウルビィは調査研究を通じて、乳幼児と母親との人間関係が親密かつ継続的で、しかも両者が満足と幸福感に満たされるような人間関係が精神衛生の基礎であるということを明らかにしました。そして、生後3カ月~6カ月ないし生後6カ月~12カ月の期間の良好な母子関係がその後の人格形成や精神衛生の基盤になることを示し、この時期の母子相互作用の欠如を「母性的養育の喪失」とよびました。日本語では「母性剥奪」とも訳されるこの状態がマターナル・デプリベーションです。この概念は当初は母親の喪失として使用されていましたが、次第にその用途が広がり、早期の養育環境の問題、さらに心理的な遮断、環境遮断、感覚遮断、文化遮断、社会的遮断、情緒的遮断といった用語が用いられるようになりました。また、近年では子どもから母親への愛着行動と母親が子に注ぐ直線的な愛情の両方向からの母と子の絆といった用語が使用されています。

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