心理

2017/11/28

11月生まれの心理学・カウンセリング・メンタルヘルスの専門家

 元良勇次郎は安政5年11月1日(旧暦:新暦では12月5日)生まれの日本の心理学者です。兵庫県に生まれた元良は、まだ若いころにアメリカに渡り、ジョンズ・ホプキンズ大学でホールから指導を受けます。ホールとは、ジョンズ・ホプキンズ大学の教授やクラーク大学の総長を務め、1892年にはアメリカ心理学会(APA)の設立および初代会長に就任した人物です。ホールはアメリカの心理学界の組織化に尽力し、研究においては、教育・児童・青年・老年・宗教など新しい領域を開拓し、アメリカにおける応用心理学領域では最も著名な心理学者の1人です。そんなホールの下で研究に従事した元良は1888年に“Exchange : Considered as the principle of social life”というテーマで博士論文を書き、博士号を取得しました。同年、東京帝国大学(現在の東京大学)で初めて精神物理学の講義を実施しました。また、1890年には、東京帝国大学の初代心理学教授となりました。
 
 元良の指導を受けて心理学を学んだ学生の中には、その後の日本の心理学を牽引する心理学者となる人物もいました。松本亦太郎は慶応元年9月15日(旧暦:新暦では1865年11月3日)生まれの日本の心理学者です。群馬県生まれの松本は東京帝国大学(現在の東京大学)で元良勇次郎に心理学を学び、その後、アメリカのイェール大学でスクリプチャーに師事しました。
 松本は1899年に“Researches in Acoustic Space”というテーマで博士論文を書き、博士号を取得しました。そして、松本はドイツのライプチヒ大学(ヴントが世界初の心理学実験室を開設した大学)をはじめとする欧米各国の大学の心理学実験室を視察して日本に帰国しました。松本は1903年に日本で最初の心理学実験室を東京帝国大学に創設しました。次いで、1906年には京都帝国大学(現在の京都大学)の文学部・初代心理学教授に就任し、同大学にも心理学実験室を設置しました。1912年に師である元良勇次郎が死去すると、その後を継いで東京帝国大学の文学部教授に就任します。松本は日本の学界における心理学の地位を確立させ、教育制度を整え、非常に多くの優秀な弟子を育てました。
 
 元良勇次郎と松本亦太郎の2人は、現在の日本の心理学界(心理学ワールド)を創設したという意味で、多大なる貢献をしているのです。
 チャールズ・オズグッドは1916年11月20日生まれのアメリカの心理学者です。オズグッドはダートマス大学からイェール大学に進み、1945年に博士号を取得すると、コネティカット大学を経て、1949年よりイリノイ大学に移り、1953年に同大学の教授となります。オズグッドは当初、人間の学習・知覚の研究に従事していましたが、刺激と反応との表象媒介過程(representational mediation)の理論を提唱し、セマンティック・ディファレンシャル法(SD法)という方法を考案しました。
 セマンティック・ディファレンシャル法(SD法)とは、行動を刺激(S)に対する反応(R)として捉える古典的な行動主義の考え方をオズグッドが発展させて考案したものです。オズグッドはまず、人間の行動を S→[r→s]→R の図式から捉える媒介過程モデルを提唱しました。Sは人によって知覚される刺激、Rは外部から観察可能な反応のことであり、[r→s] は内的な媒介過程に相当する部分であるとされています。オズグッドは、rはSに対して個人が抱く情緒的意味(affective meaning)に対応しており、この情緒的意味を分析的に把握することによって、Sに対する個人の反応の予測が可能となると考えました。この考えに基づき、情緒的意味を客観的に分析する方法として、セマンティック・ディファレンシャル法が開発されたのです。セマンティック・ディファレンシャル法は心理検査等の質問紙に利用されており、態度測定・社会調査などに広く用いられています。

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